仙台市教育課題研究発表会での発表、無事終了

前の記事で話題にした「小学生の携帯電話の実態とその指導に関する取り組み」の発表が昨日、無事終了しました。

主な内容は、以下の通り。

1、児童の所持・利用実態調査について

2、調査分析の結果

3、保護者への情報提供、児童への指導

4、今後の課題(情報モラル教育の計画再検討、職員研修の実施)

今、まさにホットな話題であっただけに、会場に集まった先生方には真剣なまなざしを向けていただいた。質疑応答では、「これまでにどのような職員研修を行なったのか」「アンケート調査項目策定の時に参考にした項目は」「携帯電話持込等に関する校内規定はあるのか」などがあり、小・中問わず、関心が高かったことがわかった。

一つ、「マナーとルールをどのように教えるのか」という質問が、宮教大の教職大学院に通う先生からあった。その方自身も、中学校での生徒指導実践から切実感をもって研究に取り組んでいるそうで、問題を細分化して捉える視点に大学院での学びを感じさせた。こういうやり取り、好きである。私は、「マナーは、学校で広くコミュニケーション、人間関係形成の在り方として、相手の立場にたったコミュニケーションツールの利用という観点から道徳、情報モラルなどで指導していくべきことである。ルールについては、主に家庭で行なうべくものではないか。そのために学校は、利用実態等の調査結果を保護者に情報提供していくべきだと思う」と回答した。

概ね、「いやぁ、自分たちもこれからやろうとしていたところで、非常に参考になりました」という反応であり、その意味では発表した手ごたえを感じた。

さて、今後の課題であるが、今回の質疑にあった携帯電話の持ち込みに関する校内規定の確立と、来年度の除法モラル教育の年間指導計画の改定作業がある。前者は生徒指導主任である自分がイニシアティブをとるべきであるが、校舎は情報主任との協議が必要になる。市教委、県教委からの通達が年度内にもあるという。様々な動向を見据え、今後の枠組みを作る作業を進めていきたい。

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小学生の携帯電話所持及び利用に関わる調査についての報告

夏休みのはじめ、保護者と面談をしているうちに携帯電話に関わる話題がいくつか出てきた。そのとき、学校側として何にも対策をとっていないのはまずいな、と感じた。

今年は、教育改革国民会議や各地方教育委員会などで動きがあり、報道されることも次第に多くなってきた一年だったように思う。しかし、まだ学校単位での取り組みはあまり報じられることがなく、現場としてどのような方策があるのか、正直いって模索状態にある。

今回、その模索の途中経過を(はずかしながら)第34回仙台市教育課題研究発表会で報告させていただくことになった。勤務校における所持・利用実態調査の結果と、それに対する保護者への情報提供、児童への指導、そして来年度の指導計画策定といった、まぁ当たり前といえば当たり前の手順を踏んで考えた足跡を紹介するわけである。

ただ、繰り返しになるが、「正直言って模索状態」の現在、少しは聞き手に参考にはなるかと思っている。

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学習発表会と学力向上

近年、週5日制で慌しくなったことや、学校評価という意識の広がりにより、「学芸会」が否定的な見方で語られることが多い。

そもそも学芸会とは、児童の学校での学びを披露する、演劇や文化的活動に取り組んだ成果を披露するものとして発生し、それが自然と地域・保護者が楽しみにする地域行事に発展し、昭和初期に全国的なものになった経緯がある。しかし、「子どもに芸をしこむのはよくない」という批判もあり、大正期には文部省が学芸会を規制した時期もあった(佐藤秀夫『学校ことはじめ事典』)。

現代では、以下のような批判が相次いでいる。

「週5日制下の授業時数減の中で、過度な学校行事は教科学習の時数を圧迫する」

「学力向上と結びつかない」

「器楽や演技を『しこみ』、児童・生徒を精神的においつめる」

たしかに学校は、子どもに様々な力を身につけさせるところであり、「学芸会」があたまでっかちになり、バランスを欠いたものになってはいけない。しかし、これらの批判は、教科学習の成果=学力と捉える枠組みのもとで、積み上げられてきた地域と学校との文化的結束にくさび打ち込むものになってはいまいか。

「学習発表会における学力向上の成果を報告せよ」と言われた。学校評価、社会からの厳しい目、という目に見えぬ強迫観念に押され、現場がぎすぎすしたものになってきた感が否めない。

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昭和前期、教育史実の生き証人

今年の7月に刊行した拙著『昭和前期地域教育の再編と教員』で、巻末に三人の聞き取り調査記録を収録した。そのうち二人は故人になっており、まさに、昭和前期(1930~40年代)の教育史を知る人と直接はなしができる最後の機会であることを痛感している。

現在も健在な御一方とは、拙著刊行後、幾度か手紙のやり取りをした。その中で、戦後初期社会科の話になり、驚いたことがあった。それは、その方自身が研究主任として戦後初期社会科に取り組んだ経験があり、その際、県内はもちろん、桜田プラン、川口プラン、明石プラン、奈良女子大附属小、信濃教育研究所などとの交流があったというのだ。現代から見ても、全国各地の小学校とこれほどの実践交流をするのは特筆すべきもの。戦後混乱期における、活発な「情報回路」の展開に驚くばかりである。

時期を見て、早めにまた聞き取り調査をお願いしたいと思っている。

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子どもとの関係づくり

子どもを見ていて、ピグマリオン効果を実感することがある。

頑張り屋で、快活な子にはこちらの期待度も高まる。ゆえに、その子はよりいきいきとする。一方、忘れ物や失敗の多い子には、注意や叱責を飛ばす。ゆえに、その子はこちらの様子をうかがい、ともすれば家庭で愚痴をこぼすようになる。

子どもの発達にとって、教師がどのように関わるのか。その基本姿勢によって、子どもの学校生活における在り様が大きく変わっていった事例。とりもなおさず、私自身がやってしまった例だ。

子どもを指導しなければならない、導きたい。または、時間がない。そういう慌しさの中でがんばろうとする教師の気負いが、子どもを見失わせるという皮肉な現実。教師はその瞬間、先入観やレッテルというフィルター越しに子どもを見るようになる。

「どうしたの?」「ああ、困ってたんだなぁ、大丈夫だよ」。

そういった、子どものありのままを許し、受け入れる恕(じょ)の一言。この重要性を痛感する。誰だって、責められたくはない。失敗を指摘されるのは子どもだってつらい。しかし教師はあえて、それを行い、次の一歩まで見届けなければならない局面に立つときがある。そのとき、頭ごなしに規則や理念を語るのではなく、子どもの現在形を理解する。そういうときは、時には授業を自習にしてでも、問題のある子と個別に面談することが肝要だ。学年や学校でチームを組んで対応することも、広く行なわれている。

かくも、子どもの育ちに関わることは手間のかかること。しかし、それが無いと、子どもは学校生活に意味・意義を感じない。教師とのかかわりを拒否するようになる。

生徒指導に悩む神奈川県の高校が、入試の「裏」基準として頭髪や服装を盛り込んだニュース。当事者の口から「生徒指導に莫大なエネルギーが費やされている、それを軽減したい」という言葉が語られた。小学校・中学校の段階で、問題行動を起こした生徒たち。それに対し表面上の指導に終始し、子どもの現在形に迫ってこなかった教師の「先送り」の姿勢。そのツケが、全てその高校に回ってきている状態だったのであろう。そこに作られる教師・生徒関係は、はじめから大きくマイナスな、不幸なものとして存在する。「社会のひずみ、義務教育からの宿題」を抱えた高校。その現実に疲れ、逃げ出したかった校長の考えが見え隠れする。

このニュースで、校長を批判すると共に、心中を察する思いになった。小学校教育の当事者として、逃げてはいけない、手間を惜しんではいけないという、大前提を再確認する思いになる。思えば、教員の世界は校種間の交流が意外にない。教育センターや大学などがコーディネーターになり、いわば「生徒指導における出口からのフィードバック」のような場が作られると、違ってくるのではないだろうか。子どもとの関係づくりを、広い視点から行なことが、できるかもしれない。

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授業者の「加減」~子どもの学びをコーディネートできるか~

自分は、社会科の授業が好きで、授業者としても楽しんで取り組んでいる。しかし、時には「好き」が転じて話が長くなりすぎ、子どもの受けはよろしくないらしい。

「話が長い」「ねむい」「やることない」

と、三拍子。手厳しい意見を女の子からくらってしまった(苦笑)。

一方、自分が苦手意識をもつ家庭科。裁縫、調理・・・ああ、今まで避けて生きてきたツケがまわっている。授業では平然としたように見せているが、できもしないくせに指導者ツラをすることにハラハラドキドキしてしまう。それが子どもに伝わるのだろう、子どもは自分たちで相談し合い、裁縫の技を意外なほど早く、確実に身につけていった。

今日、学級懇談があった。この話をしたら保護者も爆笑。教える側に気負いがありすぎると学習者の意欲をしぼませ、逆に気負いが無さ過ぎると、「こいつは大丈夫か」と子どもに思わせるのか何なのか、意欲を高めていく。この不思議な現象。

ここから学ぶのは、指導者が子どもの学びの真正面に出すぎると、学びの道筋を邪魔してしまう、ということだろう。学ぶ道筋を用意し、その歩みを保証し、側面からいかに支えるか。この「加減」がなかなか難しい。実践を重ねるしか、ない。

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自問

先日、教育史学会に参加してきた。教員として生きる自分、教員の来し方を考える自分。双方が交錯する時間があった。

政策と生活現実(教育対象)との狭間における教員の自問という営為は教育実践の重要な形成要因である

8月に出した自著の6ページに、以上のような問題意識を書いた。そこに、教員が自らの頭で考え、実践を構築していく尊さを見出したい、との思いを込めた。

今回の学会参加中、いろいろな報告を聞き、また会話を交わす中で、「教員の自問」には様々な幅があることを再認識させられた。政策の「下請け」に主体性を示す者、子供の生活現実の側に立って実践をする者、そのどちらでもなく前年度踏襲に主体性を示す者、または「プライベート」に主体性を示す者もいる。これらの「幅」を意識しながら教員史と今後を考えていくべき、と痛感した。これは研究の視点、というだけに留まらず、自分にとっては日々の仕事の在り方を問う、まさに自問の視点でもある。

そんなことを考えた教育史学会への参加だった。

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急がば回れ~「いそがし~!」と騒ぐだけではなく~

野外活動、無事終了した。数名、ケガや体調不良を訴える児童もいたが、概ね体験活動を満喫し、元気な顔で帰ってくることができた。

初めての引率、登山と沢登りは先頭だった。事前の研修をもとに、「ゆっくりな子のペースに合わせる」を頭において歩いた。ベッドメイキングや食堂での動きは、初めてなので周りの先生の様子を見ながら。事前指導のせいか、子供たちはきちんとルールを守りつつ、楽しい時間を過ごしていたようだ。

今回の引率は4校同時利用という、ぎゅうぎゅう詰めの状態。もたもたしていると、次の学校が来る、次のスケジュールが来る。そんな「焦り」と隣り合わせだった。そんななかで、自分に求められたのは、「急がば回れ」の姿勢だったのだと思う。引率教師が焦っていては、子供も不安になる。急ぎたい時ほど、要点を捉えた一言で子供を動かし、手仕事の遅い子に手をかけてやるべき。今回ほど、それを感じたことは無かった。

野外活動明けの今週、2学期制のため、今が学期末。学習のまとめに取り掛かり、通信簿作成などで、先生側の頭はいっぱい。ともすれば、カリキュラムや評価ばかりを考えた授業をしてしまい、子供の姿を見失いがち。こういうときも「急がば回れ」。地味にがんばる子を認め、戸惑う子に声をかけ、少しでも実りある学習空間を作っていくよう、心がけねばならないのだろう。さもなくば、子供はすぐに先生側の「あわただしさ」を察し、それを「自分たちの方に十分目が行き届かない」と解釈し、問題行動や、不安を募ていく。そういう事例は、多々ある。

そんなことを考えつつ、9月は仕事をしていた。剣を志す人の中では、昔から「不動心」や「平常心」といわれてきたこと。まさに、目下修行中である。

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分校か、分教場か

ちょっと近代日本教育史の話題を。

 福島県内の、複数の学校沿革をたどってみると、学校によって分校・分教場・分教室の書き方がまちまちであった。明治期の開校当初から○○分校と称したり、□□分教場と称したり、△△分教室としたり。なかには、規模拡大に伴い分教室から分教場へと改称している例もあるから、分教室は小規模なものに使われている点はわかった。

 しかし、分校と分教場の区別はあいまい。たとえば、映画「二十四の瞳」で「岬の分教場」として使用された建物は「香川県小豆郡小豆島町苗羽小学校田浦分校」であった。このように、分校と分教場の使用は混在しており、どうにも分からない。

 ただ、戦後に分教場から分校に改称している例が多い。ここから、法令が関係しているのでは?と調べてみると、以下のことが分かった。

○「小学校令施行規則」 明治33年(1900年) 

 第二十九条 小学校の学級数は十二学級以下とす 特別の事情に依り小学校に於て分教場を設くるときは一分教場の学級数は二学級以下とし前項の制限外となすこと得

○「国民学校令施行規則」 昭和16年(1941年)

 第四十九条 特別の事情に依り国民学校に分教場を設けんとするときは市町村、市町村学校組合又は町村学校組合に於て地方長官の認可を受くべし之を止めんとするとき亦同じ

 分教場の学級数は六学級以下とし~後略~ 

○「学校教育法施行規則」 昭和22年(1947年)

 第一章第一節第六条 分校(私立学校の分校を含む。第七条の七において同じ)の設置についての認可の申請又は届出は、それぞれ認可申請書又は届出書に、次の事項(市町村立の小学校及び中学校については、第四号及び第五号の事項を除く。)を記載した書類及び校地校舎等の図面を添えてしなければならない。
 同第十八条(分校の学級数)
小学校の分校の学級数は、特別の事情のある場合を除き、五学級以下とし、前条の学級数に参入しないものとする。

 つまり、明治33年~昭和22年までは法令上は「分教場」が用いられ、それ以降の学校教育法下では「分校」が用いられている。そういえば、現在「分教場」と名乗る学校は知る限り存在しない。

 それにしても、戦前に分教場と分校が両方とも存在したあたりは、まだ謎だ。単に人々が使い慣れていたから通用したのか、何か違いがあったのか。詳しい方、ご教示いただければ幸いです。

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100人の前で実践報告

Ca390090_2  名古屋市で行なわれた第54回全国統計教育研究大会(愛知大会)にいってきた。名古屋国際会議場で行なわれた大会には、主催者発表では800名の参加があり、盛況だった。

自分は第1分科会で、実践報告をした。100人入る会場が満席で、始まる前はさすがに緊張で指先が冷えた。

 報告題目は、「学習内容を深めるための統計資料活用の工夫-4年『きょうどに伝わるねがい』(宮城県・角田に広がる用水)の授業実践を通して-」。社会科の授業で、とくに問題解決的な学習活動を重視し、子どもの課題意識を高めていくことや、社会認識や思考を育てていくことを目指した実践だった。(実践は昨年9月に行なったもの)

 報告の中で自分が重視したのは、「まずはじめに授業構想ありき、次にねらいに沿った統計資料の活用がある」という点。真正面から統計教育を行なうのではなく、まず(自分の専門教科である)社会科の授業作りを大切に考え、そこに統計的手法や統計資料がいかに位置づくのかを考える。それによっていかに子供の学びが深まったか、という点を強調した。具体的には、子供に統計資料を集めさせたり、グラフを作成させるのではなく、自分が授業の中でいかに統計資料を用いたか、という点を中心にした報告であった。

 報告の中で、実際に授業で使った「米がとれる量の変化(宮城県統計書)』の棒グラフを掲示した。この棒グラフ、最初は画用紙で隠し、縦軸と横軸のみが見える状態でスタートする。棒グラフがどのようになるかを予想させた後、その画用紙を徐々にずらして棒グラフを見せていく。これによって、棒グラフに子どもの視線を集中させ、「予想を検証」させる。実はその棒グラフ、全ての子の予想を裏切る「用水完成後なのに米収穫量減」という結果を示すのだが、そこからさらに「なぜ」と考えさせていく。事実として、不要になったため池を干拓することで耕地面積が増え、それによって米収穫量も増えるという複雑な道筋がある。それを予想とグラフによる検証を重ねながら理解していく授業であった。この「予想と検証」の学習過程において、最初からグラフの全てを出してしまっては意味が無い。そのために、「見せ方」にもこだわったのだ。この点が報告の柱であり、多くの先生方から概ね好評を得ることができた。

 きっと統計教育に長年取り組んできた先生方の中には、もっと統計教育研究が積み上げた「とらえる-あつめる-まとめる-よみとる-いかす」という五段階や、グラフの作成など、統計教育に寄り添った内容に重点を置くべき、と思われた方もいたのだろう。実際に質疑応答では、その立場からの質問や意見もいくつか頂戴した。その点で、自分の報告とは少々的の外れた質疑応答も場面もあった。それに対し繰り返し、「まずはじめに授業構想ありき、次にねらいに沿った統計資料の活用がある」という趣旨の返答をした。統計教育とは、全ての教科にまたがる横断的なもの。まず、教科の目標(ねらい)を大切にしないことには、日常的な教育活動の中においてグラフ作成や、統計資料の収集など、手間がかかる統計教育を行なうことは敷居が高い。少なくとも自分にとって「統計教育」という世界はそう見えた。そのため、報告題目にあるような「学習内容を深める」点を第一に置き、統計資料活用を第二におく授業研究のスタンスをとった。

 今回初めてわかったのだが、全国でも統計教育の研究部会をおいている県は20数件であり、近年、廃止して脱退するところや、情報教育と併せて統計情報教育として存続を図るところがあるという。自分の感じた「敷居の高さ」と同様の要因が、こうした背景にあるのかもしれないと思った。統計教育、その客観的把握を目指す点や、見えないものを理解していこうとする理念には共感する。大切なのは、それを目的とするのではなく、手段として用い、「どのように」日常の教育活動にいかしていくか、という点ではないか。その意味で、先に示した五段階の統計的探究プロセス「とらえる-あつめる-まとめる-よみとる-いかす」などは、先達の蓄積から生まれた知見として、今後授業作りをする際、統計資料や統計的手法を用いる際に生かしていけるものとして、勉強になった。

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野外活動の下見-泉ヶ岳登山-

Izumigatake 昨日は、9月に行なう野外活動の引率に備えて、実際に泉ヶ岳を実地踏査(いわゆる下見)をしてきた。仙台市泉区にある標高1100メートルほどの山。熊もカモシカもおり、侮れない山だった。

上り坂、結構きつい道が続き、上着は汗でびっしょりになった。昨日の雨でところどころ石がぬれており、靴も滑りやすくなっていた。また、湿気が非常に高く、見通しが利かない。道に迷ったら、どちらの方角か分からなくなるおそれもあり、注意が必要だと思った。

同行した先輩の先生によれば、子どもの特性として、「がんばりすぎる」、「足元をよく確認せずに走る」 傾向があるという。たしかに、下山途中で会った子どもは、ビーチサンダルで山道を走っていった(!)。

引率の際、適度に休憩を取りながら、足や手をかける場所を確かめながらあがることや、無理してその場の「勇」を誇らないようにするよう、事前指導が必要だと痛感した。

はいていった登山靴、効果抜群だった。ただ、少し靴下が薄手だったので、かかとに少しばかり靴擦れを起こした。夏休み中、もう一度泉ヶ岳にいく予定。次回は対策万全でいきたい。

しかし、下山後、沢登りコースの下見をしていたら、草むらが「ガサガサ」と動き、本当に驚いた。少年自然の家の職員に聞いたところ、この時期、カモシカが出ることがあるらしい。しかし、熊かもしれないので、音を立てながらその場を離れてください、とのこと。

初めて直面した「野生の獣」の気配。やはり、「得体の知れない」という恐怖感を感じました。ともあれ、それも含め、実りある下見になったと思う(汗)。

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実践報告の場

8月8日に行なわれる、第54回全国統計教育研究大会(愛知大会)に、第1分科会「社会科」の報告者として行って来る。

Dscf0041  実践は、昨年度行なった4年生社会科「宮城県・角田に広がる用水」。グラフ資料を用いて、問題解決的な学習に取り組んだもの。自分自身としても社会科の授業づくりに加え、統計グラフを用いた統計教育へのチャレンジとなった実践である。

これは、角田用水の完成に尽力した高山善右衛門の像(角田市、台山公園の近くにある)。

昨年、宮城県統計教育研究部会(2007年11月29日、実践報告を終えて)で発表したものに、新たに写真や解説を付加し、目下、全国用に加除訂正を重ね、発表準備を進めていた。

さて、どうなることか。終わったら、結果報告をしたいと思っている。

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生徒指導特別事例研究会

昨日は、教育相談課が主催する生徒指導特別事例研究会に参加した。

「インシデント・プロセス法」という検討方法で、具体的な事例をもとに対応策、支援策を討議した。事例についてここでは詳しく書くのを控えるが、よくあるクラス内でのもめごとであった。ただ、保護者からのクレームがついている状態であった。事例提供者からの簡単な事例説明があり、その後、参加者がくわしい背景事情を質問していく。その後、いかに解決していくか、を互いに考えあう流れで進められた。そのプロセスに、自分の意見をシートに記入する時間(15分)が確保されており、ある程度自分の考えをまとめた上で討論することができた。

類似する事例をいくつか経験していた自分は、そこでの自分の対応や先輩教員の対応を振り返り、解決策を模索した。参加者は中学校の先生方が多く、「チームで対応する」意識が根付いていると感じた。小学校も「いじめ対策委員会」など、近年ではチームでの対応が常識化しつつあるが、中学校教員の意識に学ばなければならない点が多いと思った。

最後に指導主事の先生から討論結果への講評と、実際の解決策の紹介があった。その内容は、これまで自分が先輩教員から教えられ、経験してきたこと大筋合致するものであり、自分の経験を理論として頭の中で整理することができた。忙しい毎日、実践経験を方法論や考え方へと消化・昇華させる機会は意外に少ない。その意味で、じっくり考え、整理する機会を得た今回の研修は非常に有意義であった

特に今日、印象に残った言葉・・・われわれは、人間関係調整のプロである

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統計グラフ実技研修会

昨日は、仙台市小学校教育研究会統計教育研究部会が主催する、統計グラフを作成する実技研修会に参加してきた。

子供にグラフを提示し、問題解決的な学習を促す。その際、教師自身が模造紙や画用紙を駆使して、見やすいグラフを作る技術が無ければならない。教員は様々な教材・教具を「自作」してきたが、その作成法を改めて学ぶ場は少ない。その意味で、とても勉強になった。

自分は東京書籍の小学校5年生社会「下」にある、天然林と人工林の面積変化のグラフを画用紙を使って作った。

その際、授業のねらいがどこにあり、どのような見せ方をするのか、を構想することがとても重要になる。それが無ければ、単なる教科書の拡大版に過ぎなくなる。自分は、この授業のねらいが「林業で働く人の工夫や現状、今後を考える」点にあることから、特に人工林を強調する見せ方ができるグラフを作ってみた。

教科書には、はじめから天然林と人工林がわけて示されているのだが、自分の作ったグラフは、一つひとつの棒グラフを折りたたみ式にし、一見しただけでは人工林の割合が分からないようにした。これによって、子供に人工林がどのぐらいか予想させながら、一つ一つ棒グラフをめくり、人工林の割合を示していく、という授業展開が可能になる。

ある校長先生が言っていた。「パソコンで資料作りができる昨今、こうして手作業で教材・教具を作る技術が失われてしまうのではないか。以前の先生方は、みなこれらを普通にやっていた。その意味で、今日の研修会は、先輩教師がもつ大切な技術を、後輩に伝える意義があったと思う」、と。

たしかに。デジタルコンテンツの使い方も知り、先輩たちが培ってきた教材・教具作りの方法も知っている。昨日の研修は、このように子供に多彩に学習材を提示できる教員として、力量を高めるものになったといえる。意義ある研修だった。

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教育情報回路研究会

7月20日、東北大学で行なわれた教育情報回路研究会に参加した。「教育会」を題材とした議論。毎回、研究者同士の議論から、教育の見方、歴史事象の見方を学んでいる。

今回も、大正期や、戦後改革期における教育会に関わる発表で、新しい事柄を様々に学ぶことができた。

印象的だったのは、教育会という研究対象を通して、当時の教員の在り方をめぐる動きや議論が見えてくること。そこには、授業研究や教員研修、教育財政、様々な要素が関わり合い、実は現代の「教員の資質」をめぐる議論と重なり合ってくる部分もあることに気づいた。

自らが生業としている小学校教員の世界。それがいかに形成され、枠付けられてきたのかを知ることは、マクロな視点から自分の仕事を見つめなおしていることにつながっている。煩雑な日常をちょっと離れ、そんなメタ認知をする時間、とても有意義だった。

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子どもと関わるボランティア

Ca390039 7月19日、仙台市適応指導センター主催の行事「沢どあそべんちゃー」に運営スタッフとして参加してきた。

いわゆる不登校児対策事業で、様々な理由で傷つき、登校することができない子供たちのために、自然と触れ合い、「ゆるり」とした時間をすごそうという企画。

写真は、仙台市青葉区大倉にある青下川を「沢のぼり」した際の写真。暑い日だったが、沢の中は涼しく、せせらぎの音に包まれて日々の喧騒を忘れる思い。いい時間だった。

その後は、いっしょに昼食。すいか割りや、野球などをして子供たちといっしょに遊んだ。子供たちの笑顔が、青空の下で駆け回る。スタッフの絶妙な連携もあり、無事終了した。

初めての参加で、どんな雰囲気なのかなぁ、と不安だったが、大自然の中に包まれて、ゆったりと、おおらかな気分になれた。そういう時間が、子供も大人も必要なんだよな、と実感。

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教育スキャンダルの行き着くところ

連日、教員採用試験と昇進に関する汚職が報道され、地方教育行政の劣悪さとして報道されている。

地域社会と学校という枠組みで教育を考え続けてきた自分としては、悲しい限りだ。報道されればされるほど、わが身の保身に走り、地方教育行政という、自立と自律が求められる枠組みの中に紛れて策動していた者の曲がった根性が暴露される。

結果的にそれは、地域に根ざし、自立・自律した教育活動を目指す地方教育行政が機能不全に陥っているという印象を色濃く出し、子供のためや地域のために努力を傾ける教員の姿は閑却されていくことになる。

「教育スキャンダル」が行き着くのは「教育不信」。その行き着く先は、「だからろくな子が育たない」、「だから社会が悪くなる」、「お前たちのせいで・・・」なのだろう。

しかし、悪玉を見つけて叩くだけでいいのだろうか。

今回の問題の背景には、様々な要素があり、それが絡み合っている。

報道されているような、教員世界の閉鎖性。それに人口動態を見定めてこなかった教員養成政策(養成しすぎたら、あふれるのは当然)、公立学校の教員=安定職として受験する下心の存在、教員採用試験・昇進試験の透明性、同じく客観的基準の明確化などなど。これらを総合的に論じる報道は、未だ見たことがない。

やった本人たちの罪悪性は明白だ。それを叩いた後、善後策が真剣に論議されなければならない。

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発刊

たびたび、このブログでもお知らせしてきた単著本。ようやく発刊となりました。

東北大学出版会・若手研究者出版助成事業のお世話になり、博士論文の内容から、修正に修正を重ねてようやく形になりました。審査の先生方や、東北大学出版会事務局の方々には感謝の念でいっぱいです。

巻末には、3人の元教員へ行なったインタビューも収録しています。「常会」という、けして教育史上では多く語られてこなかった事象に迫っていったものです。が、その背景を貫くテーマは、日々現場で格闘する自分をも重ね合わせた、「人間形成・地域形成を志向する教員の自問」であるといえます。

機会があれば、ぜひ御笑覧いただければと思います。

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もうすぐ出ます、三校終了

東北大出版会から出る単著本の続報

先日、最終校正となる三校の手直しを終了しました。いよいよ刊行に向け、印刷に入るようです。7月に刊行予定とのこと。

いよいよです。定価は3150円とのこと。宜しくお願いいたします!

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涙の別れ~教育実習生の最終日~

昨日、一ヶ月に及んだ教育実習の最終日だった。この一ヶ月、子供と一緒に学び、そして成長していった実習生。礼儀、物事への取り組み方、子供を見る目、全てしっかりしていて、優秀な実習生だった。そんな教育実習の一ヶ月間を、一番満喫したのは子供たちではなかろうか。

昨日のお別れ会。子供たちは実習生との最後の時間を惜しみ、「帰りたくない」ムードで教室が満たされた。実習生は目に涙、子供たちは実習生をまっすぐに見つめ、最後の話を聞き入っていた。

実習を始める前、ある先生から「実習生がはいると学級が乱れるから気をつけろ」と忠告された。その話に、逆に燃え上がった自分がいた。一ヵ月後、実習生も子供たちも成長した姿を見せつけてやりたい!実習生がいたからこそ、子供たちが変わったねと思わせたい!実習生が生き生きして、将来が楽しみだね、と思わせたい!そう願って取り組んだ一ヶ月だった。

昨日のお別れ会で見せた、実習生の涙と子供のまなざしは、学級が乱れるどころか、子供たちが忘れることのできない一ヶ月をつかみ、ひとつになった何よりの証拠だった。何が学級が乱れるだ、何が大変だ。物事をやる前からマイナスで考えてはいけない。楽しみ、ありがたいと思う。その姿勢も大切。そうでなければ仕事って前に進まないということを実感できた一ヶ月だった。

また、指導教官としての一ヶ月は、自分としては「教職理解研修」のいい時間になった。実習生に教えることで、改めて教職という自分の仕事の要諦や難しさ、喜びを思い返すことができた。「もうけちゃった」一ヶ月になったと思う。本当に、猛烈で濃厚な一ヶ月だった。

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教育実習生指導も、自分の研究授業も大詰め!

6月末、明日は教育実習生の研究授業、あさっては自分の研究授業を控え、大詰めを迎えております。

教育実習生指導では、指導案の書き方に関わる指導を通して、「指導と評価の一体化」という視点を自分でも学ぶことができています。何を子供につかませたくて、どのような授業を構築するのか。指導計画と児童の実態との狭間にあって、大いに自問し、創意工夫がなされる部分ですね。教員の力量って、いかに自問・創意工夫できるのか、にかかっているなぁ、と実感する1ヶ月になっています。

自分の研究授業では、「話すこと聞くこと」に関わる授業づくりをしていきています。校内研究でも3年目。1~4年までの系統性を生かし、伝え合う力を育てるか。「インタビュー名人になろう」の単元で、相手とのやり取りをつなげていける子供の姿を目指して、毎日授業をしています。

正直、忙しい。忙しいとは、「心」を「亡」くすことだ、といつか聞いたことがある。昨日の実習日誌にも、実習生が「授業準備に気が向き、子供の方を見れなくなっている」と書いてきた。それへ、「とにかく、忙しい中でも子供と一緒に授業を楽しむこと」と助言をした。子供がまっすぐ伸びようとする力を、共に喜び、さらに何かを投げかけていく。そのやりとりの中でこそ、子供も教師も、達成感がもてるはず。教師が乗り気でない授業はつまらないもの。教師が授業作りを楽しめば、子供も乗ってくる。そんな風に考えている。

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在校時間記録簿

今年度から、在校時間記録簿なるものがスタートした。いわゆるタイムカード。そして、月ごとに自分の在校時間を記録し、管理職に提出する。

これに伴って、「午後6時半」がひとつのラインになった。

これを超える場合、「残業記録」を提出し、自分が何をして遅くなったのかを申告しなければならない。公立学校教員の退勤時刻は午後5時10分だが、そこで仕事が終わるわけが無い。しかし、午後6時半になっても仕事が終わらないことも多い。

特に今月は、6月26日にある研究授業の準備やら実習生指導、その他もろもろで毎日八時すぎまで仕事をしている。毎日「残業記録」を出している状態だ。しかも、自宅に仕事を持ち帰っている。

先日、ある企業では、節電と在勤中の仕事率UPを促すため、午後8時には全員退社することになっているという話を聞いた。時間を区切り、そこで一定水準の仕事をする。現代サラリーマンの置かれた厳しい状況を感じさせる話だ。仕事への熱意を、仕事量のみならず、効率にも示さねばならない。

いやまてよ、それって、毎日「残業記録」を書いている自分に対する、隠されたメッセージではないか。昔は「夜遅くまで子供のことを語り合った」、なんて話も聞いたが、現代では時間を気にしながら、効率よく業務をしなければならない。遅くまで仕事をしたからいいというわけではないが、なんだか自分がより「働き蜂」化しているような気分にならないわけでもない。

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実習スタート

いよいよ、一ヶ月の教育実習がスタートした。実習生は礼儀も正しく、しっかり者。安心した。

指導教官としての仕事に、実習日誌への「指導助言」がある。実習生が一日を振り返って書いた文章に、一日の様子を見て助言する欄である。もちろん初めてである。あれこれ考えて書いたところ、教務の先生から「すだ先生の人柄が表れている文章だね」との一言。

別の先輩からは、「何を書くか、というところに自分が試されている。一番勉強になるのは、指導教官自身だよ」との言葉。

帰宅し、ふと自分の実習日誌を見る。ちょうど10年前の平成10年6月1日、僕自身も教育実習生第一日目を迎えていた。「指導助言」欄を見ていくと、指導教官が自分に伝えたかったことが満載。育てられてきたんだなぁ、ということが今さらながらよくわかり、感謝の念を新たにした。さて、自分は何を伝えられるかな。がんばろ。

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教育実習受け入れ前夜

6月の一ヶ月間、教育実習生の指導にあたることになった。自分自身が教育実習をしたのは、学部3年の2週間(宮教大附属小)と4年の2週間(仙台市立桜ヶ丘小)だから、4週間という長丁場は経験していない。実習生も、僕自身も悪戦苦闘の一ヶ月間になるだろう。

教育実習について、学部や院生時代にパンフレット作成に携わったことがある。経験者の感想や現場教員からの声、事前に準備しておくものなどを小冊子にまとめ、大学生協に置かせてもらったことがある。その時代は、「大学側からの実習生指導が不十分」と感じる学生が多く(10数年前)で、自分たちで情報を集めたパンフレットが好評だったことをよく覚えている。

かくも実習生とは不安なものなのだが、今回初めて受け入れる側になり、受け入れる側もそれなりの覚悟と準備が必要だったことに気がついた。なにせ、一ヶ月の間、仕事っぷりを「見られる」立場になるわけである。

実習前夜ともいえる今週一週間は、授業をしていても常に「今、後ろで実習生が見ていたらどうか」と意識することが何度かあった。「この発問はまずいな」「指示が不十分で、子どもが迷っているな」、「がんばって考えている子どもの意見をどう拾うか」、「この授業のねらいは」などなど、授業の中で子どもにいかに学ばせるか、を改めて意識することが多かった。自然と、僕自身の教育実習や、初任研から今までに先輩教員から教えられてきたことを思い出す。毎日の仕事の中にも、これまで学んできた教育技術がいろいろ盛り込まれていることに気づくとともに、教えられたのにうまくできていない点を再発見する(苦笑)など、教職そのものを捉えなおす一週間になった。

いざ、教える立場になることで、知識や経験が整理され、さらに理解が深まる。このことは、これまでの授業で教科内容について実感したことがあったし、居合でも感じていた点である。改めて、教職という自分の仕事について理解が深まったこと、うれしく思った。

ハードな一ヶ月になると思うが、さらに教職への理解を深め、実習生とともに自分も成長できる一ヶ月にしたいと思っている。

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校正あれこれ

著書刊行準備の続報。

先週、再校ゲラが届き、手直しを進めていた。初校で大幅な手直しを加えた分、どのようになったのかチェックする作業に追われた。

恩師から「第三者にも見てもらうといい」というアドバイスを受け、全く内容を知らない人にお願いしてみてもらった。いやぁ、よかった。図表番号の食い違いや、「行う」「行なう」の不統一、文章の流れのおかしいところなど、いくつか発見してもらった。図表番号の食い違いは大きな間違いであり、今思えばひやひやモノである。第三者の校正、かなり意義ありである。

というわけで、昨日、再校ゲラを返送した。出版社に確認したところ、早ければ六月末には刊行になるという。

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休日もこまごまと

著書刊行に向けた動き。先週、再校ゲラが手元に届いた。初校で大幅に手直したため、その部分をチェックする作業を進めている。以前よりは、課題意識がはっきりとわかる内容になってきたと思う。それでも、出版するまでは、どのように読んでもらえるのか不安。「文章で伝える」ことの難しさを実感中である。

もうひとつ、週末に11月末締切の次なる論文の調査をしてきた。地方教育会に関するもの。新聞記事に関係する内容を探したが、思いのほか多くの記事があり、コピーしきれなかった。日を改めて、また調査に行くことにして、帰ってきた。

休日も、そんなこんなで細々としたことをやっている。最近、肩こりがひどくなってきている(苦笑)

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指導案を作る際、どれほど先行事例を見ているか

 6月に校内で研究授業をすることになった。その準備のつもりで、ためしに該当単元の指導案をキーワードに、googleで検索してみた。

 全国各地の指導案や、検討会のまとめなど、結構出てきた。ほとんどがPDFファイルでアップされている。そこから5つほどをプリントアウト。いわば「先行研究」ってやつですね。課題設定の仕方や、ねらいの置き所、教具・ワークシートの作り方など、先行事例からポイントを学びとろうと考えている。

 先行事例をかき集め、まずそれを読むというスタイルが身に付いてしまっている。何をするにも、「前に同じような例はあったか」「どのような対処をしたのか」という先行事例を求めるのは、ひとえに先人の知恵を自分の実践にも活かしたいから。少し時間がかかるかも知れないが、無い知恵を振り絞って(苦笑)考えるより、いい。そこで「前例踏襲」という、思考停止に陥ることのないように気をつけなければならないのも、自覚している。年々、こうした指導案はネット上にあふれるようになってきており、教材研究の一手段としている教員層は増えているのではないかと思う。

 ただ、実際には、意外に「この学校では」や「今の時代は」、「忙しい」などを理由に先行事例を省みる人は少ない。ところ変われば品変わる、は確かにそうだが、その都度ゼロからスタートするのはつらいと思う。

 一方、自分の経験だけに頼らず、現在の最先端のあり方を模索しようとして、「この学校では」「今の時代は」という言葉を使う良心的な方もいる。そうした方にも、インターネット検索で引っかかる近年の事例を収集することをおすすめしたい。

 とはいえ、時間のかかる方法であることは確か。帰宅後や土日など、まとまった時間を費やすことになる。それ以前に、差し迫った仕事(採点や報告書作成などいろいろ)もあるだろう。どの仕事を選び、どのように仕事をするか。それは、教員個人の教員人生に対する考え方、力点の置き方により決まってくる、いわば「資質」といわれる部分に関わる問題でもある。

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教育情報回路研究会がありました

梶山雅史先生が主催する教育情報回路研究会。これまでも何度かブログに書いてきたが、この土日に仙台でありました。全国から優れた研究者の方々が集まる会合で、明治期から存在した「教育会」について全国各地の事例をもとに、教員社会に及ぼした影響などについて研究しています。若手研究者のはしくれにぶら下がっている(つもりの)自分にとって、博識な先生方の議論から知見や視点を学ぶ貴重な場になっています。

二日間にわたって行われた研究会。今回は私も発表者をやらせていただきました。思えば、この研究会での発表は2004年7月、2006年1月に続き三回目。前の二回は、自分の研究テーマである「昭和期」と「常会」と「福島県」に関連した内容だったのですが、今回は「大正期」と「郡教育会」と「福島県」というテーマを立て、研究会の主題に真正面から取り組むものを目指しました。新発見の一資料を分析しただけの、中間報告的な内容だったのですが、先生方から本当に多くのアドバイス、ご指摘、視点の提示をいただき、教員間で盛んに教科指導法の研究がなされていた点、大正新教育とのつながり、活動に関わる費用の使い方等々、今後追究していきたいテーマがはっきりとしました。

授業研究でも、居合の大会でもそうですが、大変でも「やってみる」ことは一番の勉強になりますね。さて、6月には居合の県大会も、研究授業もある。そちらへ向けても、本腰をいれていこう。

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書店の本棚をみて

昨日、ある大型ショッピングモールの中に入っている本屋さんに行った。とりあえず、最初に教育書コーナーをチェック。何かあれば、手に取ってみようと思った。

確かに教育コーナーはあったが、「社会科の授業作り」や「算数の手引き」、「漢字指導法」などのハウトゥ本が多かった。とりあえず、もっと勉強したい社会科の本は手にとって見た。まぁ、手元にあれば役に立つだろうが、すぐ「買い!」というほどのものでもなかった。第一、値段が高い。2000円以下のものが無い。

指導法の類については、教員の最大関心事であることは間違いない。自分も現場で日々勉強中だ。ただ、今現在の自分の感触としては、自分なりの形ができつつあり、その都度子どもの様子を見ながら指導しているのでハウトゥ本に頼らなくてもいいや、といった感じ。それよりも、教育論や教師としての生き方についての本が読みたいと思った。でも、そういうのって売れないのか、あまり本棚に並んでいなかった。結局、今まで買っただけで読んでいなかった自宅の本(たとえば齋藤喜博全集とか)を読もうと決心した。

ふと、その他の棚を見ると、ハウトゥ本や資格関係の本、専門書コーナーなどが多く設けられていた。専門知識や実務経験、スキルを持っているか否かが問われて